overdope:

民主党朝鮮飲み列伝

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民主党朝鮮飲み列伝

Reblogged from Spiraling Shape
日本人はとても人目を気にする。
しかし、そんな必要は全くないのだ。
なぜなら、誰もあなたのことなど気にしていないからだ。

かなり昔の竹村健一さんの本に、「あなたがチンドン屋みたいな格好してたって、他人は大して気にしないものだ」と書かれていたが、現在では、さらにそうなのである。
ところが、おかしなことに、人目を気にすることに関しては、昔よりずっと強くなっているのである。
つまり、誰も気にしていないに関わらず、人々は他人の目にひどく敏感なわけである。
滑稽な話である。

これはどういう訳かというと、人々が自分にしか関心を持たなくなっているのである。
自分への関心が強いのは幼稚な人間だ。つまり、我々は、ますます幼児化しているのである。
愚かにも、自分のことが頭から離れないのだ。
自分の見栄え、持ち物、評価・・・・そんなことが気になって仕方がない。
だが、あなたが世界一の愚か者だと思われていようと、そんなこと、誰も知ったことではないのである。

だが、自分は関心を持たれていると感じられることもあるかもしれない。
それは、誰かが、あなたに対し、自分に関心を持ってくれる人間として関心を持っているというだけのことだ。それは、確かに物凄く強いものだ。
しかし、あなた自体に関心がある訳ではないのだ。
Reblogged from 付箋倉庫
あの日、宮城県の女川では、こんなことがあったそうです。

高台に、車に乗った人々が続々と避難してきた。真っ暗闇の中で過ごす最初の夜。周りにいる人たちに向かって、ひとりの男が、こう叫んだと。

「ここをキャンプ地とする!」

周りにいるみんなは、思わず笑ってしまったそうです。

その男は、高橋という名で、彼の家は女川で「高政」という蒲鉾屋をやっています。「高政」の工場は、津波の被害が他よりも少なく、浸水はしたけれど、動かせるラインがあった。そして、工場の冷蔵庫には、蒲鉾の材料になるすり身が大量にあった。それで「高政」は、震災の数日後にはそのラインを動かし、どんどん蒲鉾を作り、町の人たちにどんどん配ったそうです。

その高橋という男が、わざわざ札幌まで足を運び、我々に会いに来てくれました。

今週末、18日の日曜日に女川でイベントがあるそうです。そのイベントに、来てくれないかと。

彼は、今回のイベントの意味をこう話してくれました。

「もう、野次馬でも物見遊山でも構わないから、今は、とにかくたくさんの人に女川に来てほしいんです。両親を亡くした女子高生の子は、これまで取材が来るたびに逃げていました。でも今は、自分から『取材を受けます』と言っています。ぼくも、テレビだろうが雑誌だろうが、それがどういうふうに扱われようと、取材を受けていこうと思います。だって、一番怖いのは、女川を忘れられてしまうことですから。忘れられて、誰も来なくなったら、復興なんかできませんから」と。

それを聞いて、嬉野さんは言いました。

「だったら、私のような人間でも、ようやく被災地に行けます。自分は震災の被害を受けていない人間だから、あなたたちの気持ちはいくら想像したってわからない。『わかったつもり』すらできない。だから、一緒に悲しむこともできない。気の利いた言葉をかけることもできない。それどころか不謹慎なことを言ってしまうかもしれない。そんな人間だから、震災の話も簡単にはできない。でも、こんな人間でも来ていいと言ってくれるのなら、私もようやく行けます」と。

日曜日、私と嬉野さんで女川に行きます。

東北の諸君。遅くなりました。

すぐに行けず、申し訳ありませんでした。

諸君はもう、十年以上も前から我々の番組を知っていてくれました。ずいぶん前から我々の友だちでいてくれておりました。

でもこの番組は北海道で生まれたから、諸君は、幼なじみの友だち、という間柄ではないでしょう。でも私は、北海道からやって来た転校生に、最初に声をかけてくれた、涙が出るほどうれしい友だち、そんな間柄であると、勝手に思っています。

キミたちは、この1年を、どう過ごしていましたか。

ずいぶん遅くなってしまったけれど、勝手に親友と思っているキミたちに、ようやく会いに行こうと思ってます。

一緒に、酒でも飲みましょう。

日曜日に女川の総合運動場で開かれるイベント「女川町復幸祭」でお会いしましょう。

イベントの詳細は、まもなく告知されるそうですので、お待ちください。


高橋くんの家は、その後、「女川で生き残っている数少ない会社ですから」と、女川の人たちを新たに従業員に雇っているそうです。無理をして。

でも、「高政」が作っている蒲鉾は、バカみたいに肉厚で、バカみたいに美味しいです。女川に来て、たくさん食べたほうがいいですよ、これは。
Reblogged from kiri
「最近の若者はダメだ」は昔から言われているが、特に今の若者はひどい。
まず、当事者意識が完全に欠如している。さらに、独り立ちをしようとせず、常に何かに依存し、
消費し、批判するだけの「お客さま」でいつづけようとしている。これはゆゆしき事態であり、
日本社会のありかたにかかわる重大な問題である。

最近の若者は、定職に就きたがらない。
あるいは、会社に入っても一定のポジションで身を立てようとしない。
なぜなら、社会的なかかわりを、全て暫定的・一時的なものと見なしているからだ。

彼らに言わせると、本当の自分は別のところにあり、現実の自分は仮の姿に過ぎないんだそうだ。
本当の自分は棚上げしておいて、いつまでも立場を替え、考えを変え、
自分自身をも変身させる余地を残しておく。一貫した主義主張をもたないか、もたないふりをする。
特定の党派、集団に全てを賭けることを避けようとする。


↑これ1977年に書かれた論評な 1997年じゃないぞ 今から30年以上前の文章だ

最近の若者はダメだ : 2chコピペ保存道場 (via toriaji) (via eternityscape) (via radioya) (via deli-hell-me) (via oosawatechnica) (via pdl2h) (via starchart) (via uowou) (via plasticdreams) (via yaruo) (via thwh68215) (via immovable-type)

2012-02-27

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Reblogged from kiri
「間違った情報ばかり流すなら、電波を止めてしまうぞ!政府は電波を止めることができるんだぞ。
電波が止まったら、お前らリストラどころか、給料をもらえず全員クビになるんだ」

いまどき、こんな暴言を吐く政治家がいたとは驚くほかないが、これは民主党の輿石東幹事長の発言である。
Reblogged from kiri


この写真をご覧下さい。これは、南京市民と日本軍との触れ合いの場面です。東京裁判で、日本軍は南京で30万人を虐殺したとされましたが、資料と状況証拠で検証され、それは嘘だという事が今日では明らかになっています。

2008年12月17日の産経新聞にも掲載されていますが、中国の南京記念館において、当時の写真が捏造されたものだとして、中国側が数枚の写真を撤去しているのです。

南京事件を語る時、戦時国際法、ハーグ陸戦法規と中国の同盟国であった、アメリカの日本に対する戦争犯罪を検証する必要があります。国際法では、戦時において兵士と兵士が殺し合う事を認めています。しかし、民間人に対する虐殺や民間の建物の破壊等は禁止されています。アメリカは、日本戦国に対する空襲で日本の民間人を大虐殺しました。中でも世界中から非難されている事は、広島、長崎に対する原爆投下です。全国へ対する空襲を抜きにして、原爆投下だけで日本の民間人は、約30万人以上が虐殺されました。そこで、東京裁判において、戦勝国アメリカの戦争犯罪を隠すべく中国と手を組み、南京でも日本軍は30万人殺した事にしたのです。

南京は、東京の世田谷区程度の面積で壁に囲まれた城塞都市でした。日本軍は戦闘を回避して無血入城すべく、中国国民党政府へ打診していました。それにより、1937年11月の南京侵攻前に、富裕階級は南京を脱出しています。蒋介石も南京を放棄し、政府機関は撤退しています。南京城外では、蒋介石による清野作戦により無人状態でした。
1937年12月21日に国際委員会のアメリカ人教授、ぺイツが日本大使館にあてた手紙には、南京の人口は20万人と書いてあります。その他、南京にいた外国人の資料で検証しても、当時の南京には、20万人しかいなかった筈です。20万人しかいない所で30万人を虐殺できる筈はありません。
南京に残った市民は、南京中心部の難民区非難しています。安全区委員会も市民のほとんどが難民区に避難したと記しています。当時の南京には、外国人もいて証言しています。国際法に基づき、戦闘員同士の戦闘は行われても、民間人を巻き込んだ戦闘は行われず、南京にいた外国人記者等からも、民間人を虐殺した事を目撃した人はいないのです。


これは、南京で捕虜になった中国兵の写真です。蒋介石が南京から逃げて、中国兵からすると、殺し合うより、捕虜になった方がいいと考えたでしょう。まして、一人の日本兵が大勢の中国兵を誘導する行為こそが、中国兵の意思の表れでしょう。


実際、捕虜となった中国兵が怪我をしていたのであれば、野戦病院で衛生隊が手厚く治療し、看護しているのです。

このように、日本側だけの資料ではなく、当時の敵国側の資料からも、南京事件が捏造されたものだと証明されています。1937年12月21日に国際委員会のアメリカ人教授、ぺイツが日本大使館にあてた手紙には、南京の人口は20万人と書いてあります。その他、南京にいた外国人の資料で検証しても、当時の南京には、20万人しかいなかった筈です。20万人しかいない所で30万人を虐殺できる筈はありません。


1938年1月28日付けで、ドイツ人のジョン・ラーベの文書には、南京の総人口は30万人と記されています。ジョン・ラーベは、蒋介石政権に武器を売り利益を得ていた、軍事産業ジーメンスの南京市局長です。つまり、親中反日的な人物です。その彼の資料をもってしても、南京事件後に人口は30万人になっていると記しています。日本軍侵攻の際、南京を脱出した中国人が、南京で虐殺があったとしたのであれば、1ヶ月で10万人も人口が増えるはずはありません。


良民証交付の様子


1937年12月13日、南京陥落の日、入場する日本軍を拍手で迎える南京市民。撮影は、当時の敵国アメリカのパラマウント・ニュース映画カメラマン。


南京入場の際、拍手で迎える南京市民。こちらも、パラマウント・ニュースより。


1937年12月15日、毎日新聞、佐藤振壽さん撮影。南京占領後、難民区に早くもたくさんの食べ物屋が並ぶようになりました。


1937年12月16日、毎日新聞、佐藤振壽さん撮影。大人も子供も白い布に赤丸の布を縫い付けた日の丸の腕章をしています。


日本軍侵攻後の南京で、爆竹で遊ぶ子供達。

日本軍が南京に侵攻して、わずか1ヶ月で南京の人口は、10万人増えた。南京で虐殺などがあったのならば、短期間でそれほどの人口が増えるはずはありません。


1937年12月17日、毎日新聞カメラマン、佐藤振壽さん撮影。日本軍から、菓子や煙草の配給を受け、喜ぶ南京市民。


1937年12月19日、朝日新聞記者、上野さん撮影。松島部隊の日本兵と南京の子供。


1937年12月20日、朝日新聞カメラマン、林さん撮影。南京住宅街で日本兵と遊ぶ中国の子供。


南京安全区国際委員会委員、マギー牧師撮影。南京市民は笑顔で、平和の様子が移されています。日本のメディアだけでなく、外国人からも、南京の平和な様子は、資料として残されています。

Reblogged from Tokyo 16.4゜C
私からのアドバイス「宅急便の集荷の人には親切にしろ」を実践し、集荷の時に缶ジュースを差し上げるようになってから、担当者の態度が激変し、驚くほど良くなったことに、職員が驚いている。これでちょっと無理な時間にお願いしてもOKになるのだから安いもんです。 (http://bit.ly/yhQwad)

from http://bit.ly/ydkXCI

宅急便の人だけじゃないよね
よく行くコンビニとかコーヒーショップとか食堂とかでも。
ありがとう、ごちそうさま、美味しかったよって言ってると、次行った時に良くしてもらえる。
それは相手が気持ち良かったから。
そんなちょっとの言葉でお互いに気持ち良くなれるんならみんな、もっと言おうぜ。

(via tumbmats)

Reblogged from dot抜け
 いえいえ、そんなことないですよ。性体験を重ねたことで荒んで欲しくないんです。マイナスに捉えて欲しくない。だからAV女優さんでもベテランになればなるほど内容がハードになっていくのがイヤなんですよ。スターになった方がショートケーキを食べるだけのAVがあってもいいじゃないですか。

 ダハハハハ! AVなのに脱ぎもしないんですね(笑)。

 ほんと苦労して頑張ってた女性が、やればやるほど内容がハードになっていくのはどう考えても間違いだと思いますよ。楽になっていかないとホントおかしいよ!

 最初がいちばん商品価値が高いですもんね。

 この前、僕の好きなRioさんもぶっかけモノのAV出てましたから。なんで君がいまそんなことをしなきゃいけないんだい、と。もう姫はケーキ食べてたらいいじゃないですか、って(笑)。

 さすがにケーキだけのDVDは買いづらいですけど(笑)。

 例えばですよ、DVD売り場の前で「え、Rioの新作、三千円でケーキ食ってるだけだぜ! ……でも、いままで散々世話になってきたしな、よし、一枚買うか」って、そんな社会であって欲しい。
Reblogged from invoke@tumblr